まわれカロン

ぽにとも!

風 is I?


観て思ったことを記憶が薄れないうちに。この曲がどうのみたいな具体的な感想とかはないです。それはまたいつか書ければ。





風磨くんのソロコンは今年で3年目だけど、実際に観るのははじめてだった。

過去2回は茶の間でレポ漁って映像が出れば見るぐらいだったんだけど、「『ソロコンサート』と銘打ってはいるけどソロコンではない」ってイメージだった。ステージに上がっているメンバーはみんなフラットな立場。バック、ってよりはメンバー。誰かが出られなくなっても代わりは入れない。みんなで風is、そこにいないメンバーも含めて風are。そんな印象だった。

だけど、今年は違った。
最初ははじめて観るからそう思うだけかなと思ってたけど、だんだんと確信に変わっていった。これは風磨くんのソロコンだって。



ただ、風磨くんが創りあげた箱に入っているはずなのに、風磨くんだけが異質な存在のように見えた。

設定*1のせいもあるかもしれないけど、わたしには風磨くんが変わりつつあるからのように思えた。
樹くんが公演中に「最近Sexy Zoneの風磨好きだわ、ここでやってやるって腹括ってる感じする」というニュアンスの発言をしていたらしいけど、たしかに去年までは「菊池風磨」だったけど、今年は「Sexy Zone菊池風磨」に見えた。
少し角が立つ言い方になるかもしれないけど、今のSexy Zoneの風磨くんとSixTONESはどうやったってステージ上でフラットな関係性にはなれない。でも、この公演において2つの存在は「仲間」、横一列であることを前面に打ち出されている(気がする)。それがひどくちぐはぐに見えたというか、違和感があった。

その違和感は心地良いものになっていくんだけど、その話はまた後で。



わたしは「アイドル」という肩書きはすごく便利、というか広義的で、歌手、ダンサー、俳優、アーティスト、バラエティタレント…これらを全部含めることが出来てしまうのが「アイドル」なんじゃないかなって思っている。魔法の言葉みたいな。
技量やその分野にかける熱量なんかは関係なく、その人がはじめにアイドルとして世に出てきたならば、何をしていても公の場でのその人の肩書きは「アイドル」だけだと思ってる…と言いたいけど、「学生」だけはちょっと特殊かなって思う。ステージの上で勉強するわけじゃないし、かと言ってひた隠しにするものでもないし。



話を風磨くんに戻す。
わたしが風磨くんの存在を認識したのは風磨くんが大学1年生の夏のことで、大学のネームバリューもあってか、わたしが見てきた風磨くんのほとんどは「アイドル」と「学生」の2つの肩書きを持っていることを強く押し出されている印象だった。

9ヶ月ほど前に担当を名乗り始めたのは、これから「アイドル」という肩書きだけになった時、この人はどんな景色を見せてくれるんだろうと気になったから、というのもひとつあった。
STAGEの構成なんかをやっていた時はまだギリギリ学生だったから、実質今回が「アイドル」という肩書きしか持たない風磨くんのはじめての大仕事だ。

結論を言うと、そうやって風磨くんの担当を名乗り始めた選択は大正解だった、と思う。



観ている時に感じた違和感は、風磨くんが脱皮したとか、進化したみたいな、そういうものの表れのように見えて、とても心地良かった。

1回しか観ていないことを差し引いても、不思議とロスには陥っていない。
つまらなかったからとかじゃない。「良いもの」と「観られなくなってつらいもの」は必ずしもイコールじゃないんだなあと思った。


今はただ、「次」が見たいという気持ちでいっぱい。
この夏を経て、ずっとずっとアイドルらしくなった「Sexy Zoneの風磨くん」が、「Sexy Zone」という箱に戻った時にどんなふうに映るのか。もうそれが気になって、見たくて見たくて仕方ない。風磨くんが見せてくれる景色は今までも素敵だったから、期待しかない。



本当に素敵な夏をありがとう!ひとまずお疲れさまでした。
これからの風磨くんが楽しみすぎるのでまずは新曲くださ~い!(?)

*1:10年前に死んでしまった少年(=風磨くん)が1日だけ猶予を与えられ蘇り、22歳の青年として、成長した当時の仲間(=SixTONES)と過ごすというもの